三日月を歩きたい

満月生まれです

あの人、本当先輩のこと大切にしてましたもんね。周りのどの人が見てもそれが伝わってきて、同じ仕事仲間なのに先輩に対する態度と俺たちとは全然違くて。すごい可愛がられてましたもんね。なにかあるんじゃないかなって、影ではみんな言ってましたよ。本当の子供以上に大切にしてて、可愛がってて、信頼してて。はたから見てもそうだったんだから先輩自身、それは一番分かってるんですよね。でも気づかないふりしなきゃいけなかったんですよね、だってあの人は既婚者だ。でもね、そんなこと、気にしなくていいんですよ、先輩。既婚者だとか、妻子持ちだとか、そーゆーの全然関係ないと思うんですよ、俺。結局奥さんとは他人なわけだし、そりゃ契約上のつながりはあるだろうけど、あの人の先輩に対する気持ちはそーゆーの全部超えてるじゃないですか。めっちゃ優しく抱いてくれるんでしょう?めっちゃ優しいキスをくれるんでしょう?仕事中でも誰よりも優しくされてるんだから、ふたりになった途端その優しさが加速するのはさすがに俺でもわかりますよ。だって目が、全然違うんですもん。本当なんというか、愛してるんだなって思うんですよ。結果的に法律上いけない関係になっちゃったかもしれないけど、先輩は確実に愛されてて、多分先輩もあの人のことすごい愛してたんでしょう?目に見えてあの人のこと心から信頼してましたもんね。俺なんかでも思うんですよ、誰かを心から愛したらこんな優しい顔になるんだなって。俺もなれるのかなって、先輩とあの人の2人を見てて希望が見えるんですよ、考えすぎですかね。俺、先輩には幸せになって欲しいんですよね、本当に。できることなら俺がしてあげたいんですけど、違いますもんね、俺じゃないですもんね。それはもう、よくわかってるんですよ。だって、あの人ですもん。今も先輩の中にいるのはずっとあの人ですもんね。お互いがお互いをそこまで必要としてて、大切にしてて、それなのに離れないといけないなんて、そんなの切なすぎじゃないですか?まぁそんなこと先輩自身が一番分かってるんだと知ってるんですけどね。でもね、先輩口に出さないから。あの人だって口に出さないから。あのね、あの人と飲み行ったときね、俺酔っちゃって。ダメだと思いながらも先輩の話をすごいしちゃったんですよ、でもあの人ね、なんも言わないんですよ。肯定も否定も、愛す愛さないも、いい悪いも、なーんも。その時点であぁ、この人の先輩に対する気持ちとか想いっていうのは言葉で表せるもんじゃないんだなって思ったんです。言葉に出した途端崩れちゃう関係だってことをよく知ってるんだなって。それがわかった途端俺、ムキになっちゃって。崩れちゃえばいいのにって思ったんすよ。あの人と先輩の関係なんて、簡単に崩せるんだって思ったんすよ。でも全然、違かったですよ。あの人は先輩のこと、本当に心の底から愛してるんだなって思いましたよね。何を言っても、ムキにならない、言い返しても来ない。あの人は先輩の取り巻く環境全てを静かに見守ってくれてるんですよ。それってすごいことだと思いません?てか俺は思ったんですよ。そんなこと、多分俺できないなって。大切な人の大切な人を大切になんてできないなって。愛してる人が愛してる人や物や環境全てを愛すなんてそんな大それたこと俺できないなって。そんな器でっかくないんすよ。それがわかった時点で、あの人にはこれから先何をやっても敵わないと思いましたよね。

 

酔いが回った仲のいい後輩がやたら饒舌に話し始めた。

私の中にすっと入ってくる言葉を沢山置いて、彼は先に先に話を進める。誰も彼を止めないし、止めるような言葉も持ってない。
愛すだの愛されるだの、好きな人だとか嫌いな人だとか、そーゆーのは心底どうでもいい話なのだ。
彼はそれをよく知っている。

知ってる中で私にそれを話している。

あの人の話を長い間無意識に避けてきたけど、彼はそんな私の正面にあの人を置いていった。


誰もが知らぬ間に静かに彼の話に聞き入ってる。
そんな言葉を彼は持っている。

あの人と同じ種類の言葉を持っている。

また、

長い夜が始まる